サイタ サイタ サクラガサイタ


<舞台>

文学座の第二稽古場でおこなわれました。
文学座、以前いったことがあるのですが、外見はほぼ民家。
以前は旅館だったそうです。飛び石づたいに玄関をくぐり、
土足のまま短い廊下を進むと、すぐに第二稽古場です。
かなり入り口が狭く、天井も低いので、ちょっと驚きました。
天井にはオレンジ色の灯りがともり、床は古い板張り(決してフローリングでは有りません)。
雰囲気としては、小学校の教室が近いかも。
会場の端には加湿器がしっかりとおかれ、白い蒸気を発していましたが
床を黒く濡らすだけで余り効果がなかったような…。

稽古場の壁を背にして、パイプ椅子が7脚横に並んでいました。
それと対面して客席があり、その間、ほぼ中央にスタンドマイクが。
どうやら「ラジオドラマの収録」を模したつくりのようです。
そして、会場の右端にナレーターさんの机と椅子がありました。
足元のバケツ、一体何に使うのかと思っていましたが、効果音
のための小道具だったようです。

ジャズのBGMがおわると、俳優さんたちがひとりづつ
会場に入ってきました。みなさん、普段着で「おはようございます」と
普通に挨拶をしながら準備をしていきます。横田さんは、右から二番目
の椅子だったような…。
俳優さんたちは、出番のときだけ、台本を手に椅子から立ち上がって
マイクの前まで行き、終わるとまた席に戻っていきます。


<ストーリー>

「サイタ サイタ サクラガサイタ」は昭和初期の劇団「桜座」を
舞台にした作品でした。基本ストーリーは以下のようになります。

『昭和16年、戦争に突き進む大日本帝国は左翼的な劇団を弾圧して解散に追い込んでいた。
政治色を出さず精神の娯楽を標榜する劇団・桜座にも国家の圧力がふりかかる。
戦争賛美の作品を上演するか、潔く解散するか苦悩する劇団員たち。
戦地では多くの兵士が死に、本土でもアメリカ軍による空爆が続く中、
桜座は最後の作品を上演する。
それは、戦争賛美に見せかけた平和を強く訴えかける作品だった。』(パンフレットより)

登場人物は、桜座・劇作家の安藤とその妻、座付きの役者山田次郎と女優のなつみ、
安藤の友人である左翼劇団の座長(名前がどうしても思い出せません…)、
それに政府関係の役人と(前半のみ参加)でした。
因みに、横田さんは神田の生まれで怪しい江戸っ子弁をあやつる
桜座の舞台監督(?)でした。


<感想>

今回、はじめてリーディングセッションに参加したのですが、とても楽しめました。
横田さんも含め、上手い俳優さんたちが多くひとつのことばや会話から、すっと情景が浮かんできました。
ナレーターさんがなかなか芸達者で、小道具を駆使して扉を閉める音や、階段を上る音、
赤ちゃんのなき声などの効果音をうまくいれていました。
なかでも、おわんを使ったラジオ玉音放送は絶品。
「おお〜、人間電波受信機」と思わず見入ってしまいました。

今回のリーディングセッションで感じたのは、「言葉というのは記号でしかないんだな」ということです。
どう抑揚をつけるか、どんな間をとるか、速さは、声の高低は、そして相手との間合いは、
それをきちんと選び取って形を与えると、こんなにも表現の幅が広がるんだということを実感しました。
目の前で実際に見えている光景とは別の景色が二重に浮かんでくるほど、
リアルで臨場感のある舞台でした。

そして、もうひとつ感じたのが、
横田さんは台詞を「話す」のではなく「語る」ことのできる俳優さんなんだなということです。
ことばをどう届かせるのか、それによって受け手がどんな光景や人物像を描くか、
かなり考えて演じられているように思いました。
やはり、シェイクスピアというまさに台詞が命の舞台を多く踏んでいらっしゃるからでしょうか?
初日は、他の出演者の方々が淡々とされていたようなので、若干なじみが悪かったようですが、
私の参加した3日目は、異質であるという印象はそれほどは受けませんでした。


これまで、ホレイシオ,プロフェソールに寺田,舞台監督と4つの役を拝見したのですが、
声だけでも、浮かんでくる人物像がはっきり変わるのはさすがだな、と感じました。
そして、やはりとてもきれいで深みのある声です。
声帯だけは才能だねーと帰り道で友人と語り合ってしまいました。
舞台とは直接関係がないのですが、椅子から立ち上がって、すっとマイクの前にでていく
身のこなしも素敵です。
いつもながら背筋の伸びたきれいな立ち姿でした。

横田さん以外に注目した俳優さんは、劇作家の安藤、その友人の左翼劇団座長、それに安藤の妻です。
安藤は、理想はあるけれど、優柔不断で若干なさけない人物(私見)。
その優柔不断なところが上手く表現されていました。
「岸壁の母の撮影中に岸壁から落ちて死ぬ」と死ぬ間際までヘタレをつらぬいてくれました。
ある意味立派です。

左翼劇団座長さん、上手かったです。
「なんとな〜く戦争が嫌になるような芝居を」というところを、「なんとな〜く
芝居が嫌になるような芝居を」と
いい間違えるというクリティカルヒットをとばしてくれましたが、それでも魅せられました。

安藤の妻(本妻。なんとこの安藤という男は、女優のなつこにもふらふらしているので、
単に「妻」だけではどちらのことかわからないのですよ。サイテーです。だから岸壁から落ちて死ぬのです)は、
控えめで清楚、それでも芯はつよいという、古きよき日本女性をきれいに演じてくれました。

朗読会は以前から興味があったものの、実際に参加したのははじめてでした。
「言葉によって世界は作られる」というのは、私がここ数年はまっている
社会構成主義の哲学の根幹なので、その意味でも興味深いものでした。
発音のみによる表現の可能性を改めて認識するという貴重な体験をしました。
横田さん、お疲れ様でした。
そしてご連絡本当にありがとうございました。


◆次の頁、辛口トークです。
 お心の広い方のみ、ご覧ください >>>> コチラから (12/18UP)
































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